2013年6月11日掲載
山口大学大学院医学系研究科
生体情報検査学教授・市原清志氏 インタビュー(下)
山口大学大学院生体情報検査学教授の市原清志氏らは昨年「エビデンスに基づく検査診断実践マニュアル」を発刊。EBLM(Evidence Based Laboratory Medicine)の実践に役立つようにと検査項目、疾患、検査値の変動要因について解説するとともに、市原氏らが構築した疾患別症例データベースの分析結果を基にしたグラフをふんだんに盛り込んだ一冊となる。前回5月11日号に続き、市原氏のインタビューをご紹介する。
─貴重なデータが豊富な、まれに見る一冊ですね。
市原氏 私たちは過去17年にわたって検査値に影響を与える要因をさまざまな実験を行って分析するとともに、健常者を対象とした臨床検査に関する疫学研究(基準値調査研究)の分析結果と合わせて膨大な情報を蓄積する研究に取り組んできました。
EBLMの実践では1996年から臨床検査が診断で威力を発揮する疾患について、典型症例の臨床所見や検査所見を収集しそれをデータベース化する作業を行いました。これには、疾患別に「症例カード」を作成し、基本的な臨床所見と検査結果を全症例共通に含めて、各疾患別に特徴的なデータを記録して登録していきました。
─本書は、検査項目、疾患そして検査値の変動要因が体系的に整理された内容となっていますね。
【図】変動要因編:IP(25-80歳の経年変化)
成人では、青年期高値であるが、男性は漸減、
女性は更年期以降明瞭な上昇を認める
市原氏 総論に続く第Ⅱ章は検査項目編としました。ここでは、高頻度で利用される39の検査項目を取り上げ、測定意義、測定原理、測定値の生理的・技術的変動と病態による変動を整理して示しています。イラストや写真は独自に制作したもので、それぞれの検査値の変動について定量的に示したグラフも盛り込む内容としました。先ほど説明した疾患別データベースの発症時、未治療時点での検査値がベースになっています。
第Ⅲ章は疾患編とし、臨床検査が病態の診断・治療・予後の判定で威力を発揮する急性ウイルス肝炎、肝硬変、肝細胞がんなど40疾患を取り上げました。従来の検査診断学の教科書には見られなかった本書の特徴として、疾患別症例データベースに基づいて、各疾患に特徴的な臨床所見や検査所見の頻度や分布を定量的に示した点が挙げられます。
第Ⅳ章では検査値に対する、主な15の変動要因に絞って解説しました。生理的変動要因については、性差・年齢差、喫煙や飲酒の習慣、栄養状態などを、測定技術変動要因では、駆血圧と前腕運動、検体容器の形状と無栓放置、保存条件などを取り上げています。
さらに付録として、アジア地域で実施した共有基準範囲設定国際プロジェクトより、健常な日本人から得た基準範囲の一覧表を収載しました。
─あらためてEBLMの実践に向けた今後の研究計画について教えてください。
データの測定はAUシリーズで実施
市原氏 新たなテーマとして、病態以外の検査値の変動要因(分析前変動)を実験により体系的に整理したいと考えています。これまで多くの報告がありますが、データが古かったり、断片的だったりして統合的なデータとして扱いにくいと考えています。実験では運動強度、体位、飲酒や喫煙といった生理的な変動や、採血時の駆血条件、試料の保存温度などの測定技術が、検査値にどう影響するかを調べて記録してゆきます。
測定はベックマン・コールターのAUシリーズを使用して行います。また現在実施中の世界規模の基準値比較調査で使用している血清パネルを測定することにより、測定値を標準化・調和化が可能な形に校正します。従って、新たに得られた測定値はユニバーサルなものになると考えています。また、実験条件をコード化してデータを蓄積していくことで、その情報を順次体系的に整理できるようになると考えています。
一方、国際調査で得た基準値の情報を、質問票から得た個人の特性情報を組み合わせてデータベース化し、そのエビデンスをウェブ上で自由に照会できるEBLMシステムの開発を現在進めています。これを、分析前変動の実験データと連携させることにより、ウェブを介して世界のどこからでも、自分が見たい検査項目の基準値とその変動要因を確認できる情報処理環境の実現を目指しています。
採血条件をはじめとするプレアナリティカルな検査値の変動要因を体系的に整理することは、臨床検査医学が果たすべき重要な役割だと思います。疾患別症例データベースも、臨床検査医学として関係者がチームを組んで症例数を増やしその内容を充実させる必要があると考えていますし、その環境も整ってきたと思います。それを実現できれば、EBLMを真に実践できるようになり、臨床検査医学として極めて重要な課題です。
診療の質を高めるためには臨床部門と検査部門の連携が欠かせません。検査関係者は疾患の知識を臨床家から常に学ぶ努力が必要ですし、一方検査部門は、検査値の変動要因に関するエビデンスを積み上げ、その情報を臨床家に伝えることで良好な関係を築くことができます。今後、できるだけ良い情報を提供しようという検査部門の努力により得た、検査診断に関する新たなエビデンスを、本書に追補していければいいと考えています。
(The Medical & Test Journal 2013年6月11日 第1236号掲載)
「エビデンスに基づく検査診断実践マニュアル」
市原清志、河口勝憲 編・著
発行:株式会社日本教育センター
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