2013年6月11日掲載

山口大学大学院医学系研究科

Vol.17「エビデンスに基づく検査診断実践マニュアル」を発刊

生体情報検査学教授・市原清志氏 インタビュー(上)

Vol.17:山口大学大学院医学系研究科「エビデンスに基づく検査診断実践マニュアル」を発刊 生体情報検査学教授・市原清志氏 インタビュー(上)

 臨床検査を臨床診断で正しく利用するには、病態と検査値変動の関係、病態以外の変動要因も理解しておく必要がある。山口大学大学院生体情報検査学教授の市原清志氏らは「エビデンスに基づく検査診断実践マニュアル」を昨年発刊した。検査項目、疾患、変動要因について定量的なデータをふんだんに盛り込んで解説した本書は、EBLM(Evidence Based Laboratory Medicine)の実践に役立つ内容を重視。学生から診療や臨床検査に携わる専門家まで幅広い読者を想定した力作だ。

─本書を発刊された経緯を教えてください。

石原氏市原氏  臨床検査は病態の診断、病状の把握、予後の推定と日常診療で重要な役割を果たします。ただ、検査値は病気以外でも、採血条件や種々の要因で変化しますので、臨床検査医学の役割として、そのエビデンスを蓄積し臨床側に提供することが重要になります。
  なお、エビデンスのうち治療に関するものは、臨床試験を通して実験的に確認されていくため、信頼性が高いと言えます。しかし、臨床検査の診断特性に関するエビデンスは、調査研究(患者対照研究やコホート研究)に依存しており、病態と検査値の関係をそのままエビデンスとはできません。 例えば心血管障害に対するCRPの測定意義に関するエビデンスを得る場合、疾患群・対照群をどう規定し、CRPの変動要因(喫煙、肥満等)をどう制御するかで結果が異なります。すなわち、検査値の診断的エビデンスは、調査条件と変動要因を特定して導く必要があり、条件の組み合わせは膨大です。これに対応するには、調査データ全体をデータベース化し、目的に見合ったエビデンスを、条件を指定して動的に得るのが理想となります。
  川崎医科大学検査診断学講座に在籍した当時(1992~2001年)、日本の臨床現場に科学的根拠に基づく医療(EBM:Evidence Based Medicine)の概念が普及しつつあり、私は、臨床検査の利用に関してもエビデンスの集積が必要と考え、疾患別症例データベースのモデル構築を着想しました。
  幸い、川崎医科大学には臨床病理学の草分けで学長も務められた故柴田進先生がおられ、カルテは大学の共有財産であるという考えをお持ちでした。96年から病歴室でカルテを借り出し、当該の病名では初回入院で、未治療という症例に絞り、症例カードを作って主要な検査値と臨床所見を収集、データベース化を始めました。作業は01年まで続け、肝胆道系・腎・血液・自己免疫・内分泌疾患など42疾患の計2354症例を収集しました。
  本書の第Ⅲ章の疾患編では、各疾患の疫学・病理・臨床所見とともに、同データベースに基づく主要検査値の診断的意義を体系的に整理しました。
  従来の臨床検査診断学の教科書にはなかった本書の特徴として、臨床所見と検査値の特性について、頻度や分布を全て定量的にグラフ化した点が挙げられます。またⅡ章の検査編では、検査の病態変動に加え、生理的・技術的変動を詳細に解説しましたが、そのデータの多くは川崎医科大学での実験・調査研究が基になっており、協力者で同大学附属病院中央検査部技師長補佐の河口勝憲氏に、本書の編集をお願いしました。画像も満載した本書が、臨床医が検査値をきめ細やかに解釈するのを助け、臨床検査技師や臨床検査医には検査の変動要因を熟知した精度保証と臨床支援の実践に役立てばと願っています。

─大規模な研究が進行中ですね。

市原氏  米・アジア・アフリカから14カ国が参加し、主要な臨床検査の基準範囲を共通のプロトコルで設定し、その国際比較を行うプロジェクトが進行中です。最初は09年に東・東南アジア7カ国の63検査施設が参加し、主要72検査項目を対象に調査を実施しました。これには、アジア太平洋臨床生化学連合、日本臨床化学会、日本臨床検査医学会、国際臨床化学連合(IFCC)の基準範囲判断値委員会の協力を得ました。
  調査方法として、①共通プロトコルによる募集・採血 ②中央一括測定方式 ③標準化対応検査項目に対する測定値のトレーサビリティー確保 ④標準化未対応項目には中央測定施設と各参加施設間で一部試料を比較測定して対応―などを採用。中央一括測定ではベックマン・コールター(BC)社で9割以上の項目を測定していただきました。
  その成果として、日本国内では測定値に地域差を認めないこと、国際比較では一部項目で地域・人種差の存在が明らかになりました。また40項目で標準化対応の基準範囲を設定し、標準化未対応検査の大多数で比較測定の結果、高い相関が認められ、基準範囲設定値を参加施設の値に変換できるとの結論を得ました。その成果がIFCCで認められ、調査は世界規模へと発展、今年の夏には総数1万5000件のデータが集まる予定です。日本以外にも、中国・インド・南アフリカではBC社からのサポートを受けています。

─新たな研究プランを検討中と伺いました。

市原氏  病態以外の検査値の変動要因に関するエビデンスを、新たな実験・調査を行い標準化された測定条件で求め、それを定量的な形で蓄積する計画です。測定には、研究室に導入したBC社のAUシリーズを使用する予定です。一方、国際プロジェクトではその基準値情報と、質問票から得た個人特性情報を組み合わせてデータベース化し、基準値の変動要因に関するエビデンスをウェブ上で自由に照会できるシステムを開発中です。これらを連携させることにより、ウェブを介して世界のどこからでも、任意の検査項目につき基準範囲とその変動要因を照会できる情報処理環境が実現します。

【 2013年6月11日号(下)に続く 】

(The Medical & Test Journal 2013年5月11日 第1233号掲載)

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